2017年3月16日

石垣島での釣りとアイゴの毒の話。

 先日、石垣島へ7泊の旅行をしたので、この際の魚釣り事情を記します。

 簡単な事前の情報収集ではあまり有力な情報に接しなかったのと、荷物を最小限に抑えたいという点を考慮し持ち込んだタックルの内、実際に使用したものは次の通りです。
 ・愛用の安竿2本。2m未満の船竿に3号糸の1000番リール。
 ・ジェット天秤10号
 ・棒浮
 ・五目投げ仕掛け2本針8号
 ・ピンクスキンサビキ仕掛け6号
 ・ナス型オモリ5号
 ・疑似イソメ
 ・反転バケツ

 場所はいずれもフサキリゾートヴィレッジ内のビーチにある桟橋です。これは船が着く浮き桟橋ではなく、眺望用の固定桟橋です。釣り場としてホテルが貸し竿とともに推薦しているので問題はありませんが、日没前後には夕陽を求める人が多く集まり、竿を出すのは危険です。

 まず威力偵察。午後、下げ潮の干潮近く。桟橋直下は水深1m未満。
 1本目は沖にちょい投げ。ジェット天秤に投げ仕掛けと疑似イソメ。
 2本目はサビキ仕掛けにナス型オモリ。直下の小魚を狙う。
 が、全くアタリも寄る気配もなし。

 次に、酔った勢いで深夜。満潮近くのはず。
 サビキ仕掛け。直下にアタリなし、肌寒くすぐに退散。

 この後、川平湾のグラスボートやフサキリゾートのクリアカヤックで珊瑚礁の様子を観察することができ、次のように感じました。濁度は低く地形は遠浅。砂地で水草はごく少ない。わずかな藻場にも魚はほとんどいない。珊瑚の塊に集まっていると思いきやポイントは限られている。
 「これは見えている魚を釣るしかない。」

 そして、辛うじて重度の二日酔いを避けた体に意地で鞭を打って、「見えている魚」に向けてサビキ&疑似イソメを仕掛けるも「見えている魚は釣れない」のセオリー通り。ぐったり加減でいると、同じ桟橋で竿を出していた人が帰りがけに魚肉ソーセージをくれました。残り3分の1くらいの。
 できたらサンドイッチかおにぎりのほうがいいんですけど、ではなくて、釣り人同士のアレ「帰るんで、残ったエサどうぞ」でした。

 もう、ここから爆釣。魚肉ソーセージを小さくちぎったのをサビキ針に掛けて魚が群れている直下に落とせば、あっという間です。エサを取られるか、ヒット。この分かれ目は10秒以内というレベル。
 そうかー乾き物のおつまみではダメだったんですね。目から鱗。

 エサをくれた人はカップルで小魚少々を持ち帰ったようですが、慣れない人に遊ばせていたのか、仕掛けが合わなかったのかは分かりませんでした。

 桟橋直下には、金魚くらいのと、小アジくらいのと、サバくらいのがそれぞれ群れていましたが、私の仕掛けで釣れるのは小アジくらいの魚でした。釣り人のセオリー通り、ここでも何人かに声を掛けられるのですが、魚の名前が分かりません。バケツにいるのはおそらくアイゴの類だと返事をするのですが、根拠は居酒屋で見た魚の写真です。

 10匹以上は釣った頃に老母と娘らしき人がやって来て、一人でも釣りは楽しいんでしょうね、癖になるんでしょう、きのう見た映画もちょうど釣りの話でしたよ。と言うので、釣りバカ日誌かな?と適当に受け答えをしていたら、暴れる魚から針を外す際に背びれが左手の平に刺さりました。これは日常茶飯事なのですが、名も知れぬ魚、しかもものすごく痛い。見知らぬ地の毒魚の存在は警戒していたのに油断。痛みの強さからただ刺さっただけではないことがすぐに分かったので、二人連れから見えないように傷口から血を絞り出しながら、気もそぞろにますます適当な受け答えをしばらくしていると、潮時かこちらの事情を察したのか知らねど去って行かれた。

 少しばかり残った魚肉ソーセージを我ながら律儀に魚への礼として小さくちぎって撒き、急いで片付けてビーチにある水道で気休めに既に血が止まった手を洗いバケツの濁った水を捨てていると、1匹転げ落ちて砂まみれで跳ね回ったので「もう観念してくれ」と思いながら数度手を出し引っ込めつかもうとすると、今度は右手人差し指をチクり。持っているんですよ、タックルケースに。はさみ。トング。明らかに避けられた事故です。

 「強毒で片腕壊死ならまだしも、両腕では最悪死ぬかも。」
と、一人で大げさに不安度が上昇しているところへ丁度妻子がやってきたので「死ぬかも」を薄めて伝えた上で、同定を期待して、釣った魚を調理してくれるという敷地内の予約済みのレストランに電話。「どう調理するか担当に訊くので持ってきて下さい」と言われたので、何事もない風にバケツをぶら下げ「すみません、魚の名前を教えてくれませんか。刺されてしまったので。」と託すと、「アイゴだと思いますが大丈夫だと思います。島の者が言っていたので。」
 なるほど。やはりアイゴ。あの稚魚のくせにやたらトゲが立っているスクガラスのヤツだ。旨いんだけど。しかしあいつ毒を持っていたのか。

 妻がアイゴの毒について調べてくれて、「熱で分解する類の毒なので熱い湯に漬けると痛みが和らぐ」「死ぬこたーない」という情報を得た。既に左手は何ともなくなっていたが、右手人差し指に43度設定の湯を掛けていると数分で痛みが引いた。大きい魚だとパンパンに腫れて数日痛むなど重症化することもあるらしいが、幸い小魚だった。

 夕方、桟橋で竿を出している人がいたのでチラリと見ると、ルアーやキビナゴを使い、イラブチャーのような魚を1匹キープしているのが見えた。なるほど。

 和食レストランでの夕飯には仇どもが唐揚げで登場。頭から食べるとそこそこ旨いのだが一番身のあるあたりの骨が鋭く、ばりばり食べられないほどに硬い。アイゴの特性なのか、さばき方、揚げ方の問題なのか分からないが、とにかく釣り上げた魚は可能な限り食べる、という信条の私はこれを履行したのでありました。機会があれば自分でさばいてみたいな。

 ちなみに因果関係ははっきりしませんが、その晩、悪寒と寝汗がありました。毒の代謝か免疫の関係なんでしょうか。

 以上、沖縄での初釣りの話でした。

【2017.3.5 石垣島のアイゴ19匹+1】

【アイゴの唐揚げ】

【ナチュラム通販】

2012年11月17日

北海道旅行2012 その4

 何だか本当にのんびりできなくなって遅筆が加速しているので、覚悟を決めて終わらせます。

つづき。

【9月16日】

 そんなことを改めて想い出しながら久々の再会を喜びました。宿の近くにある北方民族博物館まで送ってくださるということになり、車中で現在のことや当時のことを話しながら短い間を楽しみました。遠い地で古い知人と会えるということは換えがたいものがあります。

 天都山にある北方民族博物館は以前にも来た事があるのですが、北海道で訪れた博物館の中ではダントツに再訪の思いがあったのでこの旅行に組み入れました。その後はオホーツク流氷館で見学と食事をし、流氷硝子館へ向かいます。ここではガラス製品の販売はもちろん、吹きガラス等の製作体験もやっているので私もやってみることにしました。もちろん初めてなのですが、何から何まできちんとサポートしてくれるので落ち着いてグラスを吹けました。

 その後は、道の駅で青や赤の色のビールを飲んでいたりすると列車の時間になったので、長距離移動モードに移ります。

1718 網走駅
2059 旭川駅

 旭川のホテルにチェックインした後は、フロントが紹介してくれた居酒屋とバーに行ってべろんべろんに仕上がりました。

【9月17日】

 明けて、旭山動物園を丸一日かけて堪能しました。特別に珍しい動物がいるわけではないのですが、その観せ方は独特のもので噂に違わず訪れる価値ありでした。
 夕方に旭川から札幌に移動し、最後のホテルにチェックイン。そのまますすきのへ繰り出し居酒屋に。そこが今ひとつだったので、廻らない寿司屋で板さんと話しながら刺身ばかりで酒。閉店の時間が来てしまったので、札幌駅近くのバーで仕上げました。

【9月18日】

 最終日は、旧道庁舎とテレビ塔を見学しておしまい。後者はあまり面白くなかったのですが、東京タワーからの眺めと同様の無感動さのような気がします。
 そして新千歳空港でラーメンを食べて帰りました。

 とりあえず今回は北海道を柔らかく撫でるような旅でしたが、またいずれ深いところまで突っ込むように訪れたいと思います。北の大地はアウトドア的に他に替え難い魅力があります。

おわり。

【facebookアルバム 北海道旅行2012 飲み食い篇】
北海道旅行2012 飲み食い篇

【吹いたグラス】

2012年10月24日

北海道旅行2012 その3

 遅筆の癖がまた出てきたので、何とか駆け足で仕上げようと思います。

 つづき。

【9月15日】

1056 釧路駅発 ノロッコ2号
1140 塘路駅着
1354 発
1714 網走駅

 塘路駅での列車の待ち時間が2時間ほどあるので、駅の近くにある塘路湖まで歩いてみました。ただの湖ですが、10年以上ぶりの再訪ということもあり若干の味付けがあったように思います。駅に戻り、釧路駅で買った弁当の昼食。私が買ったのは、いわしのほっかぶりずし(薄切り大根と酢で締めた鰯の握り鮨)と秋刀魚のづけ握りの詰め合わせ。わたし的には秋刀魚の方が好み。
 そしてここから普通列車で3時間かけて網走へ。
 網走での宿は、私が以前に利用したことのある民宿「ファームイン・アニマの里」です。この日は同行者の誕生日だったので、予め送りつけておいたスパークリングワインを食事の時に出してもらいました。前日に続き昼間の道東は異例の暑さだったようで、網戸を介して部屋の気温を下げるために椅子や扇風機を駆使して夜半前にようやく落ち着くことができました。

【9月16日】

 涼しい朝は目の前の牧場からヒツジの鳴き声が、窓から眺めると馬が草をはんでいる姿が見えます。食堂で朝食を摂り再びまどろみ、これじゃいかんと出発の支度をしていたりするとオーナーに声を掛けられ、私の知り合いが来ていると告げられました。

 アウトドアと雪と北の大地に私が執着していた大学生の頃。東北での雪中野宿をいくつかこなし、いよいよ北海道に初上陸し冬の道東を制覇しようとしていた頃です。当時、道東のアウトドア情報を発信するサイトは数少なかったのですが、あるサイトの掲示板でサロマ湖の状況を尋ねたのが最初だったと思います。その管理人さんから情報をいただき、その後4年間にわたる4回のアタックを行った頃まで密度は疎らでしたが交流していました。
 その間に、管理人さんは「East Side」という北海道のアウトドアや田舎暮らしに関する情報誌の編集者となり、サロマ湖の冬季アタックについての記事企画を私にオファーしていただきました。当然わたしは快く受け、現地での写真撮影や拙い寄稿を経て見開き2ページの記事と相成ったわけです。

 続く。

2012年10月12日

北海道旅行2012 その2

 つづき。

【9月14日】

 長距離移動の疲れを宿の温泉で流し夕食を摂ると、案の定酒が足りないということに。また、この日は道東としては異例の高気温ということで部屋が暑い!この辺りの宿は冷房に関してはあまり考慮されていないのですね。暗くなり肌寒いほど外気温が下がっても網戸の内側は空気が流れず暑いまま。調べてみると歩いて行ける距離にコンビニがあるようなので、涼みがてら買い出しに行くことに。
 建物の外は人気もなく霧に覆われていました。コンビニの途中に押しボタン式の信号機があったので、押してみるとあっと言う間に車道の信号が黄色になりやがて赤に変わりました。違和感があったので帰りに確かめてみると、やはりボタンを押した瞬間に青から黄に変わっていました。最近押しボタン式の信号がある交差点を渡らないので、良く分からないのですがこれって普通なんでしょうか。小学生の頃に通学路にあった押しボタン式の信号機ではもう少し待たされたような気がします(車道が点滅式だという違いはありますが)。

【9月15日】

 朝5時。予め申し込んでいたネイチャーガイドツアーに参加して出発。車で移動しながらタンチョウやキタキツネを観察し、釧路湿原深部を目指します。キラコタン岬までの道のりは、文化庁の許可を得た上で徒歩で進みます。「岬」と名が付いているのは、釧路湿原が形成される前には低湿地が海であったことに由来するそうです。従ってキラコタン岬は湿地よりわずかに高いところにあります。
 ガイドによる植生の解説などを聞きながら歩いて、40~50分ほどで景色が開けた場所にたどり着きます。が、依然として霧が濃く、期待していた湿原の景色を見ることはできませんでした。残念。
 9時頃には宿に戻って朝食を摂り、タクシーで釧路駅へ。ここで展望車が連結された季節列車「ノロッコ号」に乗ります。心地よい風と良い眺めに浸っていると、あっという間に1時間弱が過ぎ、列車は終点の塘路駅に到着します。私は更に先の網走まで行くため、ここで次の列車を待つことになります。

 続く。

2012年9月28日

北海道旅行2012 その1

 私は北海道への6回の旅行経験があり、うち4回は冬にテントを背負っての単独行で、あとの2回は十勝スピードウェイというサーキットで夜通しママチャリを漕ぐ12時間耐久レースへの参加です(「のじゅかー旅行記」参照)。
 つまり、テントも背負わずレースへの参加もない純粋な観光の旅は、先の連休の旅行が初めてなのです。と言うことで、4泊5日の旅を簡単にレポートします。

【9月14日】

 広島空港から羽田へ飛びます。新千歳への直行便もあるのですが今回の第一目的地は釧路なので、ダイヤの都合上新千歳から釧路までJRで移動するより、羽田-釧路便にトランジットした方が先に現地に着くのです。北海道は広い。
 釧路空港には17時過ぎに到着。あまりのんびりできないので、タクシーで釧路湿原展望台と恩根内ビジターセンター(湿原内を散策できる木道がある)に寄りながらこの日の宿へ向かいます。
 この日の釧路は天気予報通り雲行きは怪しくガスっていて、遠景が望めなかったのが残念です。恩根内ビジターセンターでは運転手さんが木道を少し案内してくれて、湿原の水深が3mほどもある場所を教えてくれました(長ーい棒が備え付けて(?)ある)。沼地に草木がぼうぼうと茂っているだけのように見えても浅いところや深いところがあるんですね。

 つづく。

【facebookアルバム 北海道旅行2012 見たもの篇】
北海道旅行2012 見たもの篇