Home > 2006年10月

2006年10月15日

8か月前のDVD

 10月改正への条文対応も一段落し、残す作業は少しです。気が付くと朝で、どうせ休みだしダウンするまで酒でも飲みながら何かするか…。

 そう言えば、今年2月の大山スキーツアーのDVD開けてないや。
 大山スキーツアーというのは、自動車メーカーのマツダ社員の有志数名(私の親の世代の少し下の方々です)が鳥取県の伯耆大山の麓に共有している別荘に宿泊してスキーを楽しもうというツアーで、毎年2月頃に開催されているようです。私はそれに昨年からねじ込んでもらって、スキーもせずに大山に途中まで登ってみたり、スノーシューで歩き回りひとり雪まみれでぼんやりしてみたりしていたわけです。

 今年は、またもやみんながスキーを楽しんでいる中をひとりでかまくら作りにいそしんでいたわけであります。雪が好きなわりに、今まで作ったことがなかったのですね。事前に作り方を調べたりして当日は黙々と作業をしました。

 1日目は、雪をドーム状に積むことに専念。単に雪を投げているだけでは、富士山みたいななだらかな山になってしまうので、盛りつける感覚で丁寧に雪の塊をなでつけます。自分の身長よりも高く積むのが大変です。

 2日目は、できあがったドームの中をくりぬく作業です。くりぬく量を考えないと壁に穴が空いてしまいます。また、中身を削り外に持ち出す作業が大変。

 とまあこんな具合に、ぎちぎちに詰めれば3人くらい入れるかまくらを作ったのです。ひとりで、しかも初めて作ったにしてはそこそこのものだと思っています。

 それはともかく、当時の写真を見ながら考えていると、かまくら積みの疲れだけじゃないぼんやりさ加減が。そう言えば、放ったらかしにしていた決算(個人事業は12月末日締めの3月申告です)や、やりかけの仕事(しかもミス発生…)のことが頭の中をエンドレスに回っていたような。

 来年もし呼ばれることがあれば、後顧の憂いをなくしてズバッと鋭く酔って騒ぎたいなと思います。それはそれで迷惑か。

 以上、日曜の明け方に書いた記事を月曜の明け方にアップします。

【多々羅大橋主塔を真下から眺める 06.09.30】
P9300117_001.JPG

2006年10月14日

道後温泉への道(その10)

 予め言っておくと、添付している写真はこれまでの記事よりも先行している場所のものです。

 続き。

 しまなみ海道の各橋は、原付車道、自転車道と歩行者道とが併設されている。橋によって、原付車道と自転車・歩行者道に分かれているものと、原付も自転車も歩行者も同じレーンを進むものとがある。いずれにしても自動車道とはガードレールや上下階で完全に分離されているので、安全である。
 また、原付・自転車・歩行者道は西瀬戸自動車道と完全に併置されているわけではなく、専用のランプが設置され橋梁部のみ併用となっていて、その他のルート部分は一般道を利用することになっている。
 ちなみに自動車道は本州四国連絡高速道路株式会社が、原付・自転車・歩行者道は各県(広島県道466号向島因島瀬戸田自転車道線・愛媛県道325号今治大三島自転車道線)が管理している。(尾道大橋は広島県道路公社の管理)

 さて、尾道〜向島を渡船利用したので因島大橋が初めての橋である。まず一般県道から自転車専用道への標識があるので、これに従って進むとサイクリングロードが現れ、緩やかな勾配となる。これはさすがに自転車・歩行者道として設計されているので、自転車を降りて押して上がるような勾配ではない。呉〜三原間の国道に比べたら天国。1200mほど勾配を上がると、二階建ての橋梁本体に進む。この構造は上部が自動車道、下部が鉄道の瀬戸大橋を思い浮かべる。

 思いのほか風は弱く、目の細かい金網によって海側と隔てられているので高所恐怖も特に感じない。橋梁部の勾配は重荷に感じるほどではなく、ほぼ平坦と言ってもいいくらいのもの。

 意外にあっけなく因島大橋を渡り、下りスロープをするすると進むとこれが気持ちいい!上らば下る。

 因島側の出口を右手に進むとすぐに大浜崎にたどり着く。ここにキャンプ場があるはずなのだが、広場とトイレと管理小屋みたいなものしか無い。ウロウロしていると「大浜崎キャンプ場駐車場」という標識を見つけるが、どこを以てキャンプ場としているのか全く分からない。

 一人でうなっていると、ちょうどいいところにおばちゃんが一人駐車場にやって来たので話を聞いてみることにした。
 「すみません。あのうキャンプ場ってどこなんですか?」
 「この奧にあるのよ」(駐車場の背後の小高い山の方向)
 「この奧ですか」
 「でもね、あっちのほうでテント立ててる人をよく見るわよ」(広場の方向)
 「そうなんですか…。ひょっとしたらキャンプ場の設備死んでるのかも知れないですね」
 「うん分からないけど、あっちでよく見るよ」
 キャンパーがすぐそばのキャンプ場を利用しないのには理由があるのだろう。
 「まあ、とりあえず荷物置いて見に行ってきますわ。骨折り損になってもあれですし」
 「そうよね。フハハ」 
 「ありがとうございました」

 駐車場の奧から続く道を数分上ると草ぼうぼうのキャンプ場が見えてきた。炊事場とトイレはあるものの、管理棟は無人で張り紙がしてあるだけ。シャワーなどもちろん無い。
 「なんじゃこりゃあ」
 1000円払って使う施設じゃねえや。第一、人っ子一人いなく廃墟みたいで怖い。

 丘まで自転車と荷物を上げる労力もバカバカしいので、単なる公園のほうにテントを立てることにした。ここなら草ぼうぼうじゃないし、トイレも近いし自販機もあるし平地だし快適。

 設営を終え、まず濡らしたタオルで体を拭いて着替えた。一日中走るとさすがに足くせえよ!よーく拭って満足。

 寂しいのでラジオをつけて、昼に買ったハンバーガーと夕方に買ったコールスローをもぐもぐしていると、もぐもぐしている最中から眠くなってくる。
 「いま眠ると、夜が明けないうちに起きちゃう」
 暗いうちに起きても寒いし、撤収も面倒なので困るのだ。
 「何か面白い番組やってないのか!」
 AM局を回していると野球中継やクラシックやら訳わかんねえ海外放送ばかり。もしやと思ってFMを入れると広島FMが入るので小喜び。遮蔽物の少ない瀬戸内バンザイ。

 さらに眠気と闘いながら、カップ酒を無理矢理流し込む。眠気を最大に溜めて、酒で深い眠りを得て、ずばっと起きる計画。だらだらと浅いまどろみを続けることはかえって休まらなかった経験を活かすのだ。しかし、極度に疲れている身はアルコールを欲していなく、飲み干すのに普段の倍以上の時間が掛かった。

 次に眠る体勢を作り、シュラフに体を突っ込むと十数分後に汗だくになっている。「なんだこれ…」体を出してまたまどろむと寒い。体を入れるとまた数分後に汗だく。また出して…入ると普通に眠りに入った。炎天下ずっと体を動かしておまけに酒まで入れたので体がぼうぼうに燃えていたのかも知れない。

 久々のテントだが、寝袋には慣れているので心地よい眠りを5時間ほど得て、0500起床。

 つづく。

【多々羅大橋 06.09.30】
P9300115_001.JPG

2006年10月10日

道後温泉への道(その9)

 土曜日の西条酒まつりに関する記憶は、誰かが片づけちゃったようなので手元にあまり残っていないのですがお笑いの「いつもここから」がステージでネタとアルゴリズム体操とかやってたのは覚えています。

 さて、続き。

 向島に上陸した私は予め調べておいた因島の大浜崎キャンプ場の予約をするために尾道市役所に電話した。

 「なんとか課です」
 「今日、大浜崎キャンプ場を利用したいのですが大丈夫です?」
 「はい」
 「予約とかなくてもだいじょぶです?」
 「予約は要りますよ」
 「! 今日の今日で予約できますかね」
 「はい」
 (身元を告げる)
 「では、帰ってから使用料を振り込んで下さい」
 「えっ。振り込み?振り込み用紙とか送られてくるんですか?」
 「そうです」

 しまった。管理人が現地にいないパターンだ。というかこんなの初めて。
 馬鹿正直に身元を明かした自分の迂闊さを恨み、「キャンセルしよかな…」とも思ったけど「こいつ管理人がいないことに勘づいて、ロハでテント押っ立てる気じゃねえだろうな!」とか思われるのもシャクなので、千数百円は尾道市にくれてやることにした。

 と、正当な使用料を踏み倒そうとする悪人のような記述だが、この後、実際にキャンプ場は使用していないのだ。

 私は途中のコンビニで、明朝の朝ご飯用に菓子パン1つと夕ご飯の足しにツナサラダとお茶900ml、そしてお酒を2合買ってひたすら走る。テントを立てて落ち着いて一杯やっていることを想像しながら走っていると「つまみがねえ!」幸いにも途中で典型的な田舎の食料品店があったので海苔ピーを買う。
 「因島大橋まであとどれくらいですかねえ」
 「歩いて?自転車?」
 「自転車で」
 「どうだろねえ自転車だとわからないけど」
 「ですよねえ。車ならすぐですよね?」
 「車ならすぐよもう」
 おばちゃんと無意味な埋め合わせ的会話を交わして、再び走り出す。

 すると右手に赤いアーチ橋が見えてくる。これは明らかにしまなみ海道のルートではなく、岩子島へ続く100mくらいの橋、向島大橋である。

 これをやり過ごしてしばらく行くとついに1つめの橋、因島大橋の入口にたどり着いた。

【瀬戸田 06.09.30】
P9300088_001.JPG

2006年10月7日

道後温泉への道(その8)

 明けて今日は、西条酒まつりです。全国各地の酒を飲むことができるんだけど、酔い心地至上主義の私には繊細な風味とかどうでもいいことです。肴はひとつまみの酒盗かなんかあればそれでいいし。

 続き。

 ただ心を無にして半自動的に足を動かし続けるとやがて尾道駅前にたどり着いた。しまなみ海道の自転車道は有料で、料金所に現金を放り込めばいいのだけど、この近辺の駐輪場事務所で通しのチケットを売っているらしい。せっかくだから記念になるものを買っておきたい!尾道駅前のことなど少しも知らないので、考え無しに駅のみどりの窓口に突入。
 「あのう、しまなみ海道のですね、自転車のチケットありますよね。取り扱ってます?」
 「しまなみ海道の。自転車のチケット?」
 「自転車の」
 「自転車?」
 (顔を見合わせること2.0秒)
 「売り場ご存じないです?」
 「〜出て、右手に観光案内所がありますのでそこでお尋ねになっ」 
 「はい、ありがとう」

 案内所で売り場を教えてもらい、サイクリングロードのパンフレットをもらった。売り場は国道を南に渡って西に数十メートルいったところの駐車場にあった。webには「尾道駅すぐ」なんて書いてあったが、地元じゃない人に分かるように書いて欲しい。この手間が馬鹿らしい。

 チケット売り場よりも先に見つけた渡船乗り場から向島に渡る。しまなみ海道の新尾道大橋には自転車道・歩道が無いし、尾道大橋の歩道は狭いらしく渡船の利用が勧められている。

 桟橋に行くと、既にフェリーが着岸していたのでするすると甲板に乗り込む。まもなく出航したので、ぐおんぐおんうなるエンジン音を聞きながら「そういえば切符とかどうするんだろう」と思っているとおじいさんが叫んでいる。
 「えっ!?」
 「110円!」
 どうも船内で現金徴収らしい。財布を出している間にサラリーマン風の男にも「**円!」と叫んでいるが男は「さっき払いましたよ!」と応じている。大丈夫なのか。お金を渡すとおじいさんはベンチに座って足をブラブラさせたりしている。
 この小さなフェリーはいちいち自転車をロープで固定したりしないようなので、スタンドをおろしてハンドルを握ってその場にいることにした。わずか数分で対岸の向島に接岸し、私はするすると上陸した。

 つづく。

【生口橋 06.09.30】
P9300057_001.JPG

2006年10月5日

道後温泉への道(その7)

 腕の日焼けは若干むけてきただけで、まだ全面的に生まれ変わる感じではありません。どうでもいいですね。では、続き。

 6:45に出港したフェリーで一眠りしようと目をつぶっても、案の定眠れない。眉間にしわを寄せもどかしく思っているうちにさっさと船は呉に到着してしまうのであった。

 ここからいよいよ長距離走の始まり。国道を一路東へ向かうのだが、歩道を走るとやたら段差が多いのでスピードが維持できない。しかし車道を走るのは恐ろしい。今回死んじゃうとしたら大型車の後輪に巻き込まれて想像もしたくない事になるのが最大の可能性だと踏んでいたので、そのリスクだけは避けたい。

 仕方なく縁石の段差とスロープの段差をゆっさゆっさ渡りながら走る。しかし、市街地を離れて寂しい地区にさしかかると歩道がなくなってしまう。古いトンネルにも歩道がない。てゆーか路肩ほぼ0。車線めいっぱいに走る大型車の恐怖。

 とにかく、歩道のある区間を目指し、大型車がたくさん来ないよう祈りつつひたすら全力疾走。しかし、海沿いの国道にもかかわらず旧市町村境界では勾配の急な峠が存在し、ついには自転車を降りなければ進めなくなってしまう。
 決まって境界を過ぎると長い下り坂が現れるので、「登らば降れる」の法則を心の支えにして泣きたくなる炎天下の登り坂をいくつか越えることに成功した。

 2,3分の休憩を数回とっただけの身で、13:40過ぎに三原市の中心部に到達。翌日に筋肉痛で動けなくなることを危惧してドラッグストアで鎮痛剤を買い、ジャスコでサンドイッチを買って食べる。横にあるモスバーガーにひかれるが、とにかくもう少しでも温かいものは食べたくない。水分は既に2Lほど摂っていたはず。ペットボトルはすぐに温まるので買った直後の冷たさが贅沢なのだ。

つづく。

【因島・大浜崎 06.09.29】
P9290043_001.JPG