2010年2月 5日

宮島・大聖院ルート復旧に迫る!の巻・急

 宮島・弥山ルートが合流する仁王門下に11:40着。霊火堂には11:57。山頂には12:08。

【霊火堂 2010.01.10】
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【山頂展望台 2010.01.10】
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 普段の週末ではあり得ない混雑。まだ正月なんだなあ。
 何とか座るスペースを確保し,コンビニ弁当ターイム開始。
 そしてすぐ終了。

 北側に下り紅葉谷ルート分岐を通過し,ロープウェー(獅子岩)駅手前から博奕尾ルートに下ります。
 博奕尾ルートはロープウェーの獅子岩駅から榧谷駅までは踏み跡こそ少ないものの開けています。が,榧谷駅から下は藪漕ぎに近いような箇所もあります。
 普段着のコートで行ったら涙目です。裾をまくれ!

 14:25 紅葉谷公園に無事たどり着き,この登山は終了しました。

【博奕尾ルート下山F氏 2010.01.10】
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2010年2月 4日

宮島・大聖院ルート復旧に迫る!の巻・破

 勢いで宮島・弥山登山を決めました。そして翌朝の寒さにくじけることを防ぐためパーティーを募ったところF氏が参加ということになりました。約束がないと簡単に予定を変えちゃうからね...。

 大聖院ルート入口には10時半というのんびりさ加減でスタート。以前の慎ましい川の流れの姿はなく,ただ荒々しくごろついた感じでかなりがっかり(前記事の写真参照)。
 途中の石碑には,災害関連緊急砂防事業の完成が平成19年(2007年)10月と記されていたので既に丸2年以上が経つのにこの有様です。草木はもちろんのこと苔すら生えてない感じでただただ無機質。

 大聖院の直上には砂防ダムができていてその内側はまだ空っぽなのですが,これがまた造成したてのような茶色っぽさ。これ,どうして雑草の1本も生えてないんでしょうか。

【白糸川2号砂防堰堤 2010.01.10】
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 裸地が続き浸食を心配するばかりでさらに登ると,1時間弱で次の砂防ダムに出合います。

【白糸川1号砂防堰堤 2010.01.10】
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 これが怖いんです。ダム下方を登山道が石畳で横切るのが怖いのではなくて,裸地にごつい石塊と5つの開口部。ゲゲゲの鬼太郎でこんな妖怪いませんでしたっけ。いま適当に言いました。

【白糸川1号砂防堰堤上流 2010.01.10】
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 この最上流部というか山肌の崩壊地点を右手に見ながらさらに登り続けるのですが,この流域は今後1,2年程度ではなくもっと長い時間を経ないと落ち着かないんだろうなと思いました。

 つづく。

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2010年1月26日

宮島・大聖院ルート復旧に迫る!の巻・序

 年始,ウッチャンイッテQの特番で富士山の雪中登山をギリギリな感じで成し遂げたのをぼんやり観ていたところ「登山とは何ぞや!」と,富士登山再開を高き遠くに置きながら「弥山をみにいこう」と思いました。
 mazda,Fordの日米連合軍に寄生して富士登山を行ったのが既に5年以上前。このブログの開始前です。この件についてはまとめ直さないといけないとも思うので,ここは端折ります。

 宮島は平成17年(2005年)の台風に伴って発生した白糸川の土石流で,この川沿いにある大聖院ルートは潰滅的な被害を受けたようなのですが,私は復旧工事中の登山口をチラ見して以降寄りついていませんでした。
 そこで...。

【弥山・大聖院ルート 2010.01.10】
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2007年10月28日

宮島・博奕尾ルートに迫る!の巻 その5

 色んなワインを飲んできたよ。もとい,ガレットを食べてきました。

 つづき。

1014 弥山山頂着

 霊火堂と三鬼堂を抜けて数分登ると,おなじみの弥山山頂です。三角点は標高529.8mなんだけど,それより高い地点が測定されたという話で,最高地点は535m。地形図 厳島南東
 これがどこを指すのか,次の機会に確認しようと思います。
  
 実質3階建てでオープンな構造の山頂展望台のてっぺんから西北西の駒ヶ林をぼんやりと眺めていると,登山者風の見知らぬおっちゃんが声をかけてきました。もちろん見知ったおっちゃんだったらびっくりするよ。ちなみに弥山山頂にはロープウェイ客がやってくるので登山者風じゃないおっちゃんもいるしおばちゃんもいるしにいさんねえさんパパにママじいちゃんばあちゃんお孫さんもいます。
 「あそこ登ったことがあるかい?」
 「駒ヶ林ですよね,ありますよう」
 「多宝塔(ルート)から?」
 「いや大元(公園ルート)からです」
 「人がいるねえ」
 「あぁ(駒ヶ林の岩の上に)いますねえ」
 「多宝塔のはすごいよ。最後は岩にしがみついて登っていく感じだからね」
 「!」
 「もう,右も左も絶壁だから滑ったら厳しいね」
 「…(想像中)」
 「私は(経験者に)連れて行ってもらったんだけどね。その日は(雨で)濡れてて」
 「濡れてたら,そりゃ大変でしたね!」
 「滑るからねえ」 
 「一度行ってみたいんですけど,経験者いないと難しそうですねえ」
 「そうだね,あれは難しいよ」

 濡れてる岩場なんて怖くて近寄りたくもないが,乾いているとしても駒ヶ林の巨岩を正面から取り組むルートはまだ知らないし「ちょいこわルート」だという話を聞くにあたってホイホイと気軽に登ろうとは到底考えることはできません。
 てゆーか,駒ヶ林への直近ルートである大聖院ルートが数年前の台風災害でめったくたになっているのに,その隣の多宝塔ルートは無事なんだろうか。

 コンビニで買ってきたサンドイッチを食べて,紅葉谷ルートから下山。最もメジャーなこの谷のルートは道のりが最も短いが,薄暗くて遠景もなくて憂鬱。
 登ってくる人と「コンニチハ」のあいさつを交わすのが救い。

 この回で宮島の登山ルートをまた一つ埋めたわけですが,残るルートの多くが弥山ではなく島の南西部にある岩船岳絡みなので,ソロで涙目状況を繰り返すことに尻込みしている状況であります。

終わり。

【弥山山頂展望台から駒ヶ林を望む 07.10.06】
駒ヶ林

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2007年10月22日

宮島・博奕尾ルートに迫る!の巻 その4

 つづき。

0831 榧谷駅

 鹿との遭遇を経て,アップダウンをいくつか繰り返すとやがてロープウェイの中継駅(榧谷駅)にたどり着きます。
 紅葉谷や大聖院および大元公園の三大ルートと違ってこのアップダウンがあることがマイナーである理由ではないかと思われます。

 榧谷駅では駅地下に10m程の短いトンネルがあり,これをくぐって引き続き尾根をたどることになります。このトンネルは,小学生か中学生の頃に遠足で来たときにくぐったような記憶があるのだけど,中学生のときに友達と単純に遊びで弥山に登ったこともあったし,くぐったことも含めて定かではありません…。
 遊びで登ったときは,当時ざるそばのつゆについてくる生うずら卵について執着があった私が注文したのにつられて,冬にもかかわらず山頂駅のレストランでざるそばを頼む男子中学生数名。そして一人だけ食中毒になるT氏(中電)の記憶が鮮明ですが,純粋に気の毒としか今となってもコメントしようがありません。

0851 獅子岩駅

 左手にロープウェイを見ながら尾根を進み,「そろそろ樹上に猿いるんだろ…」と最大警戒モードに遷移するも駅周辺に至るまで一匹の姿も見えませんでした。時間のせいなのか,それとも数が減っているんだろうか。
 2階建の駅で誰もいない中を20分くらいぼんやりと休憩して,山頂を目指します。

0929 霊火堂

 2005年5月5日に全焼した霊火堂は見事に再建されていた。が1階に金属製で複数の小さい穴が開いている天井ができていてファンがあるわけでもなく,2階まで吹き抜けだった以前よりも焚き火の煙の充満度が高いように思われた。目が痛い。

 806年(大同元年)に弥山山頂付近で弘法大師が焚いた護摩の火が絶えずに燃えているという言い伝えで,1200年の間には大型台風もあっただろうし,実際に堂も何度か倒壊しているそうだし,果たして絶えずに燃えているのかどうかと疑ったりもしたくなる。が,今回の全焼事件では付近にいた住職が火種を懐炉に拾っていたらしいし,広島平和記念公園の「平和の灯」も,元々はこの霊火だというのでそれより過去においても何らかの形で継続性を保っているのだろうと好意的に解釈したい。

 霊火の上には新たに寄進された大茶釜が据えられていた。これいくらするんだろ。
 新しい堂の側には寄進額を記した石柱が建っているんだけど,金額が載っているのは50万円から1000万円。あとは金額ではなく「擬宝珠」「本尊不動明王像」「大釜」「金一封」となっていて,「金一封」が大本山大聖院座主吉田xxで「大釜」が佐賀県神埼市千代田町xx…道貫坊信者一xx(xxは写真から外れていて不明)となっている。いくらなんだ…。1000万円以上って事か。どんだけー。寄附側の税制優遇ないよな…?

 霊火堂の上にある三鬼堂も以前の台風で倒壊しているのだが,この三鬼堂については私の曾祖父が正面欄間の彫刻を寄進していて,古い写真に確かにその様子が残っている(こんなの知ったのは数年前だ。写真そのものは確か10年乃至15年前くらいのものだったと思う)。現在の三鬼堂には田川家の関係する寄進物は無い。
 遡れば江戸時代のころの煙草屋にたどり着くと言うし,戦前戦後も菓子とか米とか売っていたようだし商売人の縁起担ぎなんだろうな。

 ええ,私も100円玉を何枚か投げて「商売繁盛」のロウソクを立ててきましたよ。信心とか信仰心とか宗教とか興味ないんですが,三洋電機を救い給え!私のxx000株だけでも。みんなエネループ買え。エコ。

 続く。

【霊火堂 07.10.06】
霊火堂

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